今回は、契約書でよく見かけるが実はあまりよく知らない、そんな条項である「管轄裁判所」について、見落としがちなポイントを踏まえて解説していきたいと思います。
目次
1 管轄裁判所とは?
そもそも、管轄裁判所とは何でしょうか。前提となる裁判の管轄について見ていきましょう。
法律上、管轄は、大きく分けて、
① 職分管轄
② 事物管轄
③ 土地管轄
の3つがあります。
① 職分管轄
職分管轄は、裁判所内部における役割分担を定めたものです。
例えば、離婚調停や遺産分割調停といった家事事件については家庭裁判所が、貸金返還請求や交通事故による損害賠償請求は地方裁判所(金額によっては簡易裁判所)が、その審理を担っており、法律で家庭裁判所が審理すべき事件を地方裁判所が代わりに審理することはできません。
② 事物管轄
事物管轄は、最初の裁判を地方裁判所・簡易裁判所のいずれで審理すべきか、という役割分担を定めたものです。
基本的には、請求する金額(訴額)が140万円を超えない場合には簡易裁判所、140万円以上の場合には地方裁判所という区分けになっています(例外がありますのでご注意ください)。
③ 土地管轄
土地管轄は、日本国内でどの区域を管轄する裁判所が審理すべきか、という役割分担を定めたものです。多くの方は、裁判の管轄というと、この土地管轄を思い浮かべるのではないでしょうか。
土地管轄にはいくつかルールがあるのですが、基本的なところを確認すると、原則は、被告の住所地を管轄する裁判所、となります。
例えば、訴えたい相手が仙台に住んでいると、仙台にある裁判所が管轄裁判所となります。
しかし、このルールを厳格に貫くと、不公平になる場合があるので、例外のルールが設けられています。
例外のルールについて、いくつか見ていきましょう。
まず、財産権上の訴えを起こす場合は、義務履行地を管轄する裁判所でも審理をすることができます。
義務履行地は、基本的には持参債務、すなわち債務者が債権者の住所地にお金を持参すべきとなっていることから、債権者の住所地になります。
例えば、BさんがAさんからお金を借りた場合、Aさんの住所地にお金を持参して弁済する建付けになりますので、Aさんの住所地を管轄する裁判所で審理することが可能となります。
また、不動産に関する訴えを起こす場合は、不動産の所在地を管轄する裁判所でも審理をすることができます。
例えば、相手方が仙台に住んでおり、問題となる不動産が東京にある場合には、東京にある裁判所が管轄裁判所となります。
ここまで読んでお判りになった方もいらっしゃると思いますが、土地管轄がどこになるかは、裁判を起こすにあたり、重要なポイントとなります。
遠隔地に裁判を起こすとなると、期日に出頭するため、弁護士日当や交通費が必要となります。最近では裁判をウェブ会議で行うことも多いため、以前ほどではありませんが、少なくとも最初の期日や尋問期日には、直接裁判所まで行かなければなりません。
さて、ここからが本題ですが、契約書における管轄裁判所条項は、②事物管轄、③土地管轄について、どこで審理すべきか、をあらかじめ当事者間で決めておくものです。
① 職分管轄は、当事者間の合意で管轄裁判所を決めることはできません。
ちなみに、当事者間で決められるのは、あくまで第一審の裁判所のみです。
また、合意は、専属的(他の裁判所を選択する余地を残さない)である旨明示すべきです。専属的としないと、他の管轄裁判所を選択することが可能となるため、わざわざ合意をする意味がありません。
2 事物管轄についての合意
良くみられるのは、「○○地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする」と定める方法です。「○○簡易裁判所または○○地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする」と定める方法も見られます。これは、法律と同様に訴額等に応じて事物管轄を決めるものでしょう。
この事物管轄、地方裁判所と簡易裁判所で何か大きな違いがあるのか、と思う方も多いでしょうが、いくつか違いがあります。
まず、地方裁判所だと本人として会社の代表権を有する者が出廷する以外は、代理人弁護士を選任する必要がありますが、簡易裁判所では、従業員も事前に裁判所の許可を得たうえで代理人として出廷することができます。
また、簡易裁判所は、法律上、簡易な手続により迅速に紛争を解決する機関である旨明示されており、ケースバイケースではありますが、柔軟に紛争の解決(和解)を図ることが可能です。
例えば、少額の未払いなど、事案が簡易で解決までそれほど労力を要しないと見込まれるケースであれば、弁護士ではなく従業員が簡易裁判所において対応する方がコスト的にも望ましいかもしれません。
一方、訴訟案件は全て弁護士マターとするのであれば、簡易裁判所ではなく地方裁判所の方が便宜でしょう(この辺りは個々の弁護士の考えるところによるかもしれません)。
会社の態勢(法務部として訴訟対応できるか・弁護士に一任する予定か)や契約書の内容、相手方の属性等も踏まえ、(専属的)管轄裁判所として、地方裁判所だけではなく簡易裁判所も含ませるか否か、検討するのが良いでしょう。
3 土地管轄についての合意
実は、当事者間で土地管轄について合意しても、裁判所の裁量により、別の裁判所に移送されてしまう場合があります。
当事者及び尋問を受けるべき証人の住所、使用すべき検証物の所在地その他の事情を考慮して、訴訟の著しい遅滞を避け、又は当事者間の衡平を図るため必要があると認めるとき(民事訴訟法第17条)
に該当する場合です。
一般的には、上記事情を考慮して管轄裁判所を定めることまではしませんが、契約内容等によっては、管轄裁判所を争われることを想定しておくのが良いかもしれません。
逆に、管轄裁判所について合意していても、契約内容等によっては、自らの住所地(本店所在地)に寄せた場所で裁判を受けることができる可能性があります。
但し、裁判に当たり、管轄に関する前哨戦を戦わなければならない可能性も出てきますので、その辺りも勘案して、管轄を争うか否か決める必要があります。